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〈リオ五輪〉カヌー・スラロームの日本代表として、日本初のメダルを獲得した羽根田卓也。


高校卒業後の2006年から本場スロバキアに単身渡って苦節10年‥念願の銅メダルおめでとう!


羽根田卓也にすっかりファンになった君に、プロフィールや学歴など教えます!

羽根田卓也のプロフィール!

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〈リオ五輪〉カヌー競技で、日本人初のメダルリストがでました。
カヌーの羽根田卓也選手をご存知でしょうか?
日本では、カヌー競技の認知は少ないです。
リオ五輪でもあまり注目されていなかったらしいです。


銅メダルを獲得した羽根田卓也選手の魅力をアピールするチャンスです!


羽根田卓也のプロフィールを簡単にまとめて送りました。


名前:羽根田卓也(はねだ たくや)
出身地: 愛知県豊田市在住
生年月日:昭和62年(1987年)7月17日生(現在:29歳)
競技: カヌースラローム競技
所属: ミキハウス
身長: 175cm
体重 67Kg
学歴: 名鉄学園杜若高校卒業  スロバキアのコメニウス体育大学在学中

出身中学校・高校



出身学歴(中学・高校・大学)

 中学 → 朝日丘中学校

 高校 → 名鉄学園杜若高等学校(とじゃく高校)

 大学 → コメニウス体育大学


地元は、愛知県豊田市生まれです。中学校・高校もそこで、学びました。
7歳~9歳まで器機体操をしていました。
しかし、小学校3年生の9歳の時、カヌーの元選手だった父・兄の影響により、カヌースラロームをすることに。
ここから、羽根田卓也選手が誕生するスタートでした。


地元・愛知県を流れる“矢作川”でカヌー競技の腕を積み重ねていきました。


最初は、嫌々思いながら、やっていたそうです。
実力も芽生えて、中学ではジュニアの世界大会へ出るほど実力が伸びてきました。
すごい!中学生でありながら、この実力は、父の英才教育のお陰でしょうか。


スポーツが盛んであり、スポーツ選手も多く出した高校で、輝く成績を残しています。


しかし、カヌーは日本ではマイナーな競技であり、認知も低かったそうです。


「このまま練習を続けても日本で埋もれるだけだ」と痛感し、 高校卒業後、決心した羽根田卓也選手。
カヌーの強豪国スロバキアへ単身で学ぶことに。


メダルを取れる力がつくチャンスにつながってきました。

コーチと出会いに運命!

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本気で、勝負したい羽根田卓也は、カヌーの強豪国スロバキアへ単身で行きます。
当時は、クラブチームに所属しながら、カヌー競技の修行をしていました。
英語が通じず、スロバキア語を必死で勉強して、生活を送っていました。
ここで、コーチとの出会いが待っていました。


コーチの名前は、クバンミラン氏です。
コーチの指導によって、基礎からトレーニングし、鍛え直しながら、本場スロバキアで10年余りも修行しました。、
世界トップレベルの実力を身に付けた羽根田卓也はいよいよ、オリンピックへ挑戦。


2008年 → 北京五輪14位
2012年 → ロンドン五輪7位
2014年 → 仁川アジア大会 優勝


カヌー選手となるきっかけを強引に与えてくれた父親に対して、メダルとる目標につながっています。
その父にメダルを掛けてあげる夢だったそうです。

父・兄もカヌー競技の選手!



父親:羽根田 邦彦(愛知県カヌー協会の理事長)  兄:翔太朗 (カヌー選手)


父親は、元カヌー選手、兄さんも、カヌーの選手として活躍しているそうです。
兄の羽根田翔太朗さんの情報が少ないですが、カヌーをやっています。


日本では、カヌー競技というスポーツは、マイナー競技になっていることが事実上です。


子供の時から、この2人が真コーチとなり、カヌー選手の魂を導いたのですね。


現在、父親は、愛知県豊田市で羽根田卓也設計事務所で経営しています。
羽根田卓也の活躍を支えてきたのは、父親です。
父親が支えてきてくれたおかげで、メダルをとれたということになりますね。


スロバキアへ選んだ理由は、カヌー競技での本格的に鍛えたい思いがあったと思います。
留学や資金面も父親が見守っていたということです。

スロバキアはカヌーの競技地!

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カヌースラロームの強豪国の一つであるスロバキアへ留学したい理由は3つありました。


 ・本格的にカヌー競技の一流になりたい。
 ・日本では、練習環境・人工のレースコースがない。
 ・トップレベルのカヌー界の英雄ミハル・マルティカン選手がホームとする練習場だから。


意図的に複雑な流れが作られた人工コースで練習できない日本では、世界レベルになれないと思い、渡ったということです。


悔しいですね。日本では、カヌー競技のレベルが低かったでしょう。


ここで10年余りも修行した結果があったから、念願のメダルに喜ばしい気持ちがある羽根田卓也でした。

カヌースラロームのルール

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カヌー競技について、わからないと思う方もいますので、その競技のルールを説明します。


・カヌースラローム競技の人工のレースコース


全長200~400m急流コースに18~25個のゲートを設置して、1秒=1ポイントに換算します。
そのポイントの少なさでタイムの速さを競う競技です。


※リオ五輪用人工のレースコースは、全長242m・24個のゲートがありました。


一般的に人が立っていられないほどの急流で行われるので、難易度が高いほど激しい争いになります。
水面上に傾ける動きに見えますね。
本当は、船体をわざと傾けたり半分沈めたりして、回転性能や運動性能を上げて、ゴールするそうです。
急流や荒瀬を横断しながらゲートを通過するという、高いレベルな技術を必要とします。
持久力、体力、バランスが要求されるため、かなり、鍛えなければなりません。


羽根田卓也選手は、持久力、体力、バランスをかなり鍛えていたのでしょう。
その強さがメダルを取った実力です。

まとめ



3度目のオリンピックで、念願のメダル取ったときの羽根田卓也の男泣きが印象的に残りました。
その喜びの気持ちを表す羽根田卓也の表情に、感動しました。


未来のカヌー選手になる夢をもつ人達にとって、嬉しいニュースになったでしょう。
羽根田卓也のパワーのすごいところを知ってよかったですね。
これからのカヌー競技の活躍に、応援します!